韓国人による恥韓論

 まず、読みづらい。
 正しい文章訓練を受けていないであろうことが、まずひとつ。
 次は「オタク文章」であること。空回りというか、身内受け、これは知っているだろうという前提で披瀝するトピックが、端的に言えば分かりづらいのです。

 それではつまらないかとはいいません。

 そこにリアリティを見つけます。

 というか、編集者が極力整理しないようにしたのではないかと。

 そしてその文体だからこそ、読み進めていくうちに、著者の「愛国心」が伝わってきます。

 タイトルにあるように韓国人「シンシアリー」氏による、韓国人論。母親が日韓併合時代に小学生だったことから、幼くして日本語に馴染み、日本語で書くブログが目に留まり書籍化に至ります。

 タイトルにあるように、韓国の恥ずかしいエピソードが満載です。なによりそれを「恥」とするのは、韓国国民のそれを「恥」と認識していないことです。

 筆者の苦悩はそこにありながら、悲嘆に至らないのは強烈なまでの愛国心があるからです。ここがやはり「韓国人」なのでしょう。

 冷静に韓国人を見ながらも、愛情があふれ出るアンビバレンツが、ともすれば空回りの文体、独りよがりになるのですが、それは日本という近くにありながら、まったく異なる価値観の世界と接することで見つけた葛藤であり、自国に対する危機感です。

 日本への批判や非難が続き、「嫌韓」なる言葉が生まれたことを当然とします。なぜなら、韓国国民にとっての日本は「絶対悪」であり、これを揺るがない軸として発想するので、相互理解など生まれる訳がないからです。

 その理由は強烈な競争意識というより、「序列意識」にあるようです。

 平たく言えば「日本は悪だから、敵対する韓国は善」という対比でしか価値観を持てないということ。余談ながら述べれば、Web業界で散見する論理構成で、既存メディア・体制を悪とすることで自らを善とするもので、流れ弾をあてるなら「オタク系論客」と同じです。

 リア充を敵と見なし、自己正当化する論調などまさにそれ。金持ちでもなければ、スポーツができるわけでも、お笑い芸人でもない「ぶさいく」でも、可愛い彼女がいるケースなどざらにあるのに、こうした「リアル」から目を逸らし、自分がモテない理由を社会や環境に求める連中に、ざらついた違和感を覚えたのは民族が違っているからなのでしょう。

 話を戻します。

 天皇蔑視も同じです。韓国において有力な基督教の元老牧師の台詞を引用します。

“たかが人を、天の皇帝だなどと呼んでいるから、ハナニム(神様)が起こって、どーれこいつら! と軽〜く罰を与えたんですよ!”

 にニヤニヤして話し、それを信者が「アーメン」と受け入れます。
 罰とは東日本大震災のことで、天の皇帝は陛下です。

 そういう民族・・・というより、以前、指摘したことがありますが、韓国人(中国人も)らは、日本人を人種差別しているのです。

 そしていわゆる「従軍慰安婦」を批判するのであれば、朝鮮戦争時に「第5種補給品」と呼ばれた存在は何だったのか、その後も米兵相手の「基地村」はなにか、そしてなにより今も続く「売春大国」について語らなければならないと指摘します。

 読後、韓国人が好きになることなどありません。

 そういう民族だと自覚することは大切で、しかし、著者のような韓国人がひとりでも増えれば、それは日本を贔屓しろというのではなく、現代国際社会における「常識的感覚」を身につけ、発言できる韓国人という意味で、それに期待するわたしはやはり、お人好しの日本人なのでしょうね。

■韓国人による恥韓論
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