沖縄=差別論者の差別意識が矛盾の正当化を目論む

 バカっていう人がバカなんです。

 先々週の「虐められているものには、虐められる理由がある。」との語り始めにも繋がります。

 むろん、鳩山由紀夫(敬称略)のような問答無用のバカにはバカとしか評価がなく、本人に帰する理由のない虐めもありますが、一般論では、他人への悪罵の単語は己を指すことが多く、虐められる、正しくは声高にさけぶ自称被害者の大半は、その前提において他者を攻撃しています。

 バカと言う人がバカ、とは小学生のもの言いながらも真実をついている、と確認する事例が増えています。

「どこつかんどんじゃ、ぼけ。土人が」「黙れ、こら、シナ人」

 沖縄県高江のヘリパッド移設工事を警備していた大阪府警機動隊員(20)と、その仲間の発言。

 ヘッドラインを見たときの違和感は「何人?」。

 昭和生まれの我々にとって「くに」には、日本国、中華人民共和国などの他に、ふるさとや出身地、旧諸藩を指すこともありますが、言葉遣いが沖縄県民ではない、という意味からの「何人」。

 すでに述べたように大阪府警で、地元の大阪府民が就職したとするならば、それほど目くじら立てる発言内容ではない、とは、これも河内弁の戦闘民族に接した経験があれば、誰もが頷くことでしょう。

 言葉だけで人殺ししかねないスピードと迫力、ツボを突いた単語のチョイスが彼らの持ち味です。端的にいえば、汚く激しい言葉が日常的に使われ、攻撃とコミュニケーションの境界が曖昧で、事実の有無は一切問わず、本心かよりも「罵倒力」に勝る言葉を優先します。

「耳の穴から指突っ込んで、のどち●こ鳴らしたるで」

 とは大阪でやんちゃをしていた亡父から教わったスラングで、意味はないそうですが、勢いでびびらせる、一種の攻撃技(口撃?)だそうです。

 つまり、言葉のチョイスにおいて、土人が文明文化を理解せず、他人を思いやることを第一と考えることが出来ない未開人という意味ならば、この機動隊員も土人レベルといえます。バカっていう人がバカと言うことで、土人という人が土人なのでしょう。

 お上品な階層におわす方々からすれば、

「本心からの言葉ね。日頃から思っているからでるのよ! キー」

 ってハンカチを噛みしめるかもしれませんが、二十歳の機動隊員が大阪育ちならば、深い意味はない、挨拶代わりの恫喝でしょう。これを「アカン」と頭ごなしに批判することは、多様性の否定であり、大阪文化への「差別」といって差し支えないでしょう。

 もちろん、公僕たる警察官が、しかも警備の現場で、そもそも論で言葉を発することが間違いです。

 警備に当たる警察官に、我々と同等の言論の自由、表現の自由は与えられていません。これは町役場の職員も同じです。公共に奉仕する職務上、職務中の私権が制限されるのは当然のことです。

 職務遂行時に問題があった二十歳の公僕が処分されるのは当然。

 ちなみに悪口とか、ケンカ言葉というのは、時代と共にアップデートされるもので、いまどき「ドタマかち割ってストローでチュウチュウ吸うたるぞ」などとは言わないでしょうが、差別用語と祭り上げられた「土人」は、いまや街中では流通しておらず、ある種の「新味」をもってネットでは流通しており、そこから拾ってきたのかもしれません。

 悪口の世界で「新語」が受けるのは、IT業界が「オウンドメディア」や「エコシステム」とか、意味不明ながら新しい気がするかも知れない単語を量産するのと同じ幼稚さで、文字通り子供だましです。

 支那人とは、英語で書けば「China」ですから、私は侮辱や差別に加えることこそ、中国の方への差別と考えますが、これを批判的に報じる人々に、こちらの差別への配慮はないままに

「沖縄県は差別されている」

 と囃し立てます。

 むしろ、翁長雄志沖縄県知事の、赤い皇帝(中国共産党)に忠義を尽くすかの振る舞いを見る限り、支那人を差別する方が、彼を県知事に選んだ「沖縄の民意」とやらを踏みにじる行為でしょうに。これはイヤミ。

 あえて「支那人」を侮蔑表現とする論拠をネットスラングに求めるなら、2012年に中国各地でおきた反日暴動(なぜかデモと記録されている)や尖閣諸島の掠奪の試みから、暴力的で非論理的、また南京大虐殺の証拠と提出するものの多くが、次々と捏造と論破される偽証性などを揶揄するニュアンスとして確認されますが、泥棒と嘘つきの代名詞になってのことなら、それはあちらが悪いこと。

 バカにバカではなく、暴力団を暴力団と呼び、嘘つきを嘘つきと呼ぶことを、日本人にだけ許さない、とするならこれもまた差別の発想です。

 土人に関して言えば、本来は土着民や未開人を指し、いつのころから黒人とのすり替えで、差別用語のように用いられていますが、日本人にとっての「土色」といえば褐色、黄土色で、「ちびくろサンボ」がインドの話しだと言えばなるほどと頷くことでしょう。

 インド人を差別していたのは白人どもです。

 二十歳の機動隊員に話を戻せば、公務中の失態であり処分は当然。戒告を軽い処罰と見る向きもありますが、賞罰に記録されるので、将来に傷を付けたことは間違いなく、こういうときに使うべき言葉が「遺憾(残念)」です。

 一方、土人と言われた市民と称する人々は何をしていたのでしょうか。

 沖縄県の北部訓練場の返還に伴うヘリパッドの移設工事の現場での出来事。政府による事業で、実現の暁には沖縄県下の米軍専用施設の21%が返還されるというもの。

 賛否はありますが、「村山政権」から始まった交渉を経て至った結論に反対しているのが土人、と呼ばれた活動家達です。

 報道は「市民」としていますが、沖縄県国頭郡東村なので、村民だろうということではなく、地元民ではなく活動家と言えるのは、この活動家が地元村民から迷惑がられているからです。

 一例を挙げれば、日本国中いたるところにある山間部の県道の例に漏れず、通りは一本しかなく、村民の大動脈になっている道を、この活動からが工事車両の通行妨害を目的として、公道に自動車をならべ進路をふさぎ、時には「座り込み」で封鎖します。

■テレビじゃ流さないニュース(ブログ)
http://brief-comment.com/blog/okinawa/54341/

■パヨクが沖縄住民を検問!追い返された地元農家がブチキレ!高江ヘリパッド妨害に辛淑玉や男組など
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6371.html

 畑に向かう農民の邪魔となり、時期の限られるカボチャの種付けにも支障をきたす始末。

 さらに公道を勝手に「検問」して、自分たちの仲間と村民以外を追い返します。そこに法的根拠は一切なく、暴力的な威圧も厭わず、暴力事件も発生しています。自らを法とする態度は、ISIS(イスラム国)同じテロリストです。

 検問は公権力にもおよび、防衛局職員を取り囲み、頭に腕を巻き付けて相手の自由を奪うヘッドロックをかけ、マスクやメガネを強引に奪い取り写真を撮り、正座をさせ、周囲を取り囲み激しい言葉を投げかけます。

 誇張はありません。すべて動画に保存され拡散されていることです。

■沖縄ヘリパッド移設反対派リーダーが逮捕~これが暴力行為の決定的証拠だ!(YouTube)

 法治国家の文明人の所業ではありません。

 また、沖縄県の警備でありながら、大阪府警をはじめ県外から応援を要請しているのは、警備している人物の写真をとってしまえば、住所や氏名を割り出すことは容易。これには沖縄県特有の事情がありますが、実際に貼り出し、晒し者にしています。

 防衛局職員の住所録窃盗の容疑も噂されていますが、本土における二昔前ぐらいの、人と人のつながりが沖縄県にはいまも残り、すこし辿れば結論に辿り着くぐらいなのです。

 私がお世話になった沖縄の方は、宮古島のとなり、伊良部島出身ですが、近所には仲間由紀恵の親戚が住んでいるとかで、誰それとのつながりから、今どこに住んでいると特定して見せました。

 本当かどうか確かめる術はありませんが、その方が沖縄のローカルスーパースター「川満しぇんせー」を弟と言ってたのはさすがに「ふかし」かと思っていたら、その方の店にふらりと川満しぇんせーが訊ねてきたときの近しさは、兄弟はともかく親族であることは間違いのないものでした。顔写真だけで個人を特定することは、沖縄県に限れば、さして難しいことではないのでしょう。

 ヘリパッド移設反対を目指すという思想信条については、私のそれが認められる限り尊重はします。

 しかし、法治国家で法を無視しながら、相手の逸脱(この場合は公務中の不規則発言)だけを取りあげる行為を、活動家が喧伝するのは連中の「手口」ですが、報じないマスコミはすでに死んでいます。いまさらながらですが。

 だからネット大勝利中。リンクで示したYouTubeのコメント欄でも、土人発言支持が圧倒的多数。発言の報道に眉根を寄せていたユーザーも、先の動画を見て考えを改めています。

 一方で「ヘイトジャパン」を展開する、いつものパヨクなマスコミどもは、必死で「騒動化」に奔走中。ただし、活動そのものを紹介してしまうと、彼らにとって都合が悪いのは、本件において翁長雄志沖縄県知事が、必要以上に騒がないのと同じ。

 理屈でも法律でもヘリパッドの移設は合法的で合理的で、土人と称された市民、活動家の違法性は明らかだからです。心情的なものはともかく、コンプライアンスにうるさい昨今、あきらかな違法行為を称揚するリスクは高すぎます。

 米軍施設の返還は、遅れている北部振興の拠点となることは間違いなく、抗議活動と呼ぶ妨害活動は脱法を過ぎた違法行為のオンパレードで、バイオレンスレベルの無法地帯にしているのは反対派の活動家です。

 そこで「沖縄県への差別」にすり替えて論理展開。

 お馴染みの連中が登場します。ブログでも書きましたが、騒動直後のテレビ朝日『モーニング・ショー』では、同社社員 玉川徹氏が「差別」と噛みつき、日曜朝の反日プロパガンダショーTBS「サンデーモーニング」では津田大介氏が「沖縄差別」を持ち出すも、彼の持ち味でアリ欠点でもある

「ネットでは」

 といっちょ噛みしたことで、パヨクの暴力に触れない片手落ちを披瀝し迷宮に迷い込みます。自分で何を言っているのか分かっていないのかも知れません。

 もっとも、あの番組の視聴者は高齢者ばかりで、あの論調に疑問を持たない時点で、視聴者の思考停止は明らかで、何を言っても無駄ならば、意味不明でも事足りるのでしょう。ある意味、需要と供給を満たしています。電波の無駄遣いとも言えますが。

 津田大介氏にとっての「ネット」は、自らの望む世界をググるだけのようです。ま、その使い方も間違いではありませんが、その視野狭窄を踏まえず、総論として語ることは明らかな間違いです。

 そして青木理氏は今週号の『サンデー毎日(2016年11月6日号)』で「矛盾の正当化」と題して土人発言を取りあげます。

 青木理はこう指弾します。

《あからまさな侮辱、嘲弄(ちょうろう)、剝き出しの差別。その矛先に沖縄の人々が置かれ、後者の暴言には中国の人々への蔑視まで加わっている》

 二十歳の公務員が吐き捨てたのは、違法行為を正当化し聖戦と掲げる「テロリスト」と呼んでも遜色ない連中、目の前の自称活動家にです。

 沖縄の人々、とは青木氏の妄想レベルの拡大解釈に過ぎません。

 後者の暴言、とありますがそれは「支那人」。文脈から悪意は認められますが、繰り返しになりますが支那人に対する蔑視の露われ。青木氏は発言を咎めた上で、職務を労った松井一郎大阪府知事のツイートを紹介してから

《下も下なら上も上も。バカにつけるクスリはないと嘆息》

 自分の価値観をベースにした妄想から他人を批判するのは、パヨクにありがちな行為とはいえ、大阪府民を代表する知事をバカ呼ばわりは、独善と選民意識に基づいた差別とおなじ構造です。

 そして二十歳の公務員の発言を、戦地における虐殺や掠奪、あまつさえ「強姦」にまで重ねる論理展開は、朝日新聞が捏造した朝日新聞に通じます。

 青木氏の妄想はスパークします。

《本土と沖縄の関係が支配者と被支配者、植民地と非植民地のそれであることが鮮明になった》

 これを主張しているのは母親の出身地が久米島であることだけを理由に、血だDNAだ民族の歴史だと恐山の「いたこ」状態の佐藤優氏ぐらい。でも、久米島というか諸島を弾圧したのは、沖縄本島なんだけどね。

 差別を持ち出す人は、常に差別意識をもっており、それは差別解消というお題目を掲げながら、本心では被差別という対象を作り出している矛盾に無自覚で、それは青木理氏の掲げた「矛盾の正当化」に他ならず、バカと言った人がバカを体現する喜劇です。

 玉川徹、津田大介、青木理諸氏に通底するのは、

「沖縄=差別」

 という差別意識です。

 沖縄出身で全国区としては『ミヤネ屋』でみかける嵩原安三郎弁護士は沖縄県出身。2016年10月21日、読売テレビで放送されている『あさパラ!』にてこう証言しています。

《沖縄から来て、沖縄出身ですぅ〜って言って、(侮蔑的ニュアンスの驚きからの)へっ? と言われたことないんです。あ、そうなんですかと好意的に受け入れられていていた。(YouTubeより》

 つまり、差別されたことがないと。そりゃそうです。

 私が東京に転校した翌年、同じクラスに照屋くんという沖縄からの転校生がやってきました。浅黒い肌と、くりっとした瞳は南国の風を感じさせ、彼がその冬に読んだ作文「はじめて雪を見た日」にクラス中が感動につつまれたものです。

 さらに、私的体験ながら、社会人となった直後「合同新人研修」なる合宿に参加させられた先で出会った沖縄出身のYさんと、一時期親しくしたのは、差別意識の微塵もなかったからです。

 当たり前のことです。古くは「フィンガー5」から、沖縄のヤングなタレント(才能)が内地を席巻したことは枚挙に暇がなく、思いつくまま挙げるだけでも、具志堅用高、安室奈美恵、ガクトに川平兄弟、直近では「りゅうちぇる」がほざく「ちぇるちぇるランド」とは沖縄県のことです。

 沖縄=差別を連想する者は、もっとも沖縄県民を差別意識をもって接しているということ。すなわち「バカと言ったらものがバカ」。

 続けて嵩原(かさはら)弁護士が憤ります。

 土人発言における問題の核心は、「土人」という言葉そのものにあるというもので、原文は先の動画にありますが、会話のなかの発言をまとめるとこうです。

《土人=差別だでの批判とは沖縄県民=土人と同義で、そこを誰も批判しない。それがおかしい》

 その通り。青木理氏はこの発言をどう受け止めるのでしょうか。いや「矛盾の正当化」を信条とする彼にとっては、矛盾の放置は造作ないことなのかもしれません。

 沖縄県であえて例示すれば、新垣結衣さんや仲間由紀恵さんといったきれいどころの女優に対して「ブス」と、事実とかけ離れた中傷をしたとしても、発言者が失笑に晒されるか、「おまえ本当は好きなんだろう」と小学生レベルの突っ込みが入るかに過ぎません。

 芸能に秀でて見目麗しく、時間への大らかさにはいささか閉口しますが、人懐っこい沖縄県民に「土人」との評価は失笑こそすれ、目くじら立てるものではないでしょう。

 だから「土人発言」において、公僕が公務中に不規則発言したこと、また、差別語とされる可能性の高い言葉を、さらには公務員が公務中に発したことが問題の本質で、沖縄県民にむけて発した言葉などではなく、玉川徹、津田大介、青木理諸氏のように「差別」と批判するものは、最も沖縄県民を差別的感情で見ているということです。まさに「バカと言うものがバカ」なのです。

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