自転車のマナーが社会問題化しつつあります。

 根底には日教組教育の果実である「権利主義」です。

 俺様が走る。です。

 かつてのウォークマン、いまならiPodで音楽を大音量で聞きながら
自転車で走行する危険性は四半世紀前からいわれており、自転車通学を
していた知人は、通過する歩行者にまで聞こえるほどの大音量で聞き
難聴気味になっていたのは25年前からのことです。

 ただし当時は少数派。それが危険であることは、同級生でさえ
指摘し、注意したものです。しかし、いま、「俺様」がすべてに
優越すると国民が錯覚しています。

 先日、愛犬「さくら(1才と1日)」と散歩中、信号のある丁字路
で信号が変わったので丁の時の横棒から縦棒の横断歩道を渡ろうとす
ると「びゅん」と目の前を影が横切ります。

 赤信号の横棒をおおよそ時速30キロで通過したのは自転車です。
 一拍ずれていれば大惨事。信号無視と安全運転義務違反といった
ところでしょうか。心情としては「傷害未遂」をつけたいところです。

 すれちがいざま見た自転車の付属品の耳にはイヤホンが添付されて
いたことを添えておきます。

 また自転車に乗りながらのメール、携帯操作も日常です。これが
スマホになって悪化しています。屋外でのタッチパネルは反応が
一定ではなく、操作に集中してしまうからで、これについては
来週にでもネタにする予定ですが、これも俺様。いま、メールしたいし。

 歩道をチリンチリンと鳴らして猛スピードで駆け抜けるのも俺様。

 ならば車道を走ればいいといえば、車道には路駐しているクルマが
あり、大型車も走るので危ないなどとほざく俺様もいますが、それを
換言すれば

「自動車は危ないが歩行者なら安全」

 と明らかに人命軽視した俺様です。

 そして見かねた警察が取り締まりを強化すると報じられました。
 そこで言いたいこと。

「違反者は反則金プラス、ボランティア活動」

 俺様は金で済むことはすぐに忘れます。例えば自転車の片手運転で
罰金100万円でもとれば話は違ってきますが、そこまで厳罰は
世論の反発を招くことでしょう。

 だからボランティアです。

「わたしは交通違反を犯しました。
 あなたは私のように罪を犯さないでください」

 と前後に書かれたビブスを着用させ、歩道を走る自転車や
メールを操作する自転車、イヤホンをしている自転車などに

「それをやめてください」

 と話しかけるボランティアに従事させるのです。

 立場が変われば見方が変わります。警察側の視点で、違法自転車を
みれば、次第に怒りが湧いてくるものです。その心が再犯防止につな
がります。

 また、注意される側も「公権力」である警察には一定の反発を
覚えるかも知れませんが、同じ側の民間人の問いかけは無碍には
できません。

 もちろん、ボランティア活動の後ろには警察官が銃を構えて
見守り、ボランティアに歯向かう犯罪者を威嚇することも大切で
文字通りの「援護射撃」。

 ・・・最後は現実的ではないかも知れませんが、軽微な犯罪は
取り締まるだけではイタチごっこ。それより意識改革と再犯防止に
力点をおくべきなのです。

 痛すぎます。この原稿は超赤字です。

 それでなくてもWeb系の原稿は単価が安く「セブンイレブンの闇」
の著者 渡辺仁先生に正直に単価を語り絶句されたほどです。

 だから取り戻す・・・ことなどできませんが、体験的に提起しなけ
ればとまとめました。

 そして本稿のこぼれ話を少々。

 Googleに問い合わせるとこちらの操作だと一点張り。まぁこれは
仕方がないとして、代換え策や本稿に記した通り、引き落としの通知や
さらには「前払い金の減額」を要求してもこの一点張り。

「仕様ですから」

 ・・・Googleがヒューマンライクでないことは知っていたので、
「やっぱり」という感想ですが、日本でいまひとつブレイクしない
理由はGoogleそのものにあります。

 さらにおまけ、Googleからのカードの引き落とし名義は8月までは
Googleダブリンだったものが、特段の通知もなくGoogleシンガポールに
なっていました。さすがグローバル企業と褒めそやすべきでしょうか、
顧客軽視とみるべきでしょうか。


■Web担当者Forum 現場の心得 第237回
広告でも大切なお金の話。リスティング広告の
管理ミスに学ぶキャッシュフローの選択
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/19/11348

 とある上場企業の話ですが、中小企業でもよく耳にする話しです。
 特にオーナー企業の場合、目的と手段をはき違えることはまま
あり、それに振り回される社員も不幸ですが、この状態に陥ると
手段が目的化して破綻するまで、行いが正しいと信じて疑いもしま
せん。

 いまの復興増税議論も同じでです。

 タイトルに含めた「止血をせずに輸血をするな」は上品な例え
ですが、いまの野田内閣の復興増税は、復興費用調達の手段に過ぎ
ない増税が目的しているように見えてならず、それは本稿の最後に
しるした

「●●で金を借りておきながら、●●金には手を出すな」

 と同じです。

■マイコミジャーナル
「復興増税の影に組織防衛0.2」- 止血をせずに輸血をするな
http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/134/index.html

 逃げなかった友達を馬鹿として、涙のひとつ、せめて声を詰まら
せるぐらいの芸当を見せれば、逆説的友情の証明と共感する声が
大きくなるのでしょうが、人間的な薄さが際立つ民主党にそれを
望むのは欲張りというものでしょう。

 そしてこれは自民党が噛みつく話しではありません。自嘲を
コホン、自重を促したいところです。

 それ以前のことで、自浄作用のない民主党は放置しておけば、
必ず腐り、人も住めない「死の町」となるのは自明で、そこに
噛みつけばポンポンを壊すので、ポンポンの痛みの恐怖は
安倍晋三元首相に尋ねれば良いでしょう。

 いま、もっとも「除洗」が必要なのは民主党そのものです。

 それはさておき、そんな民主党だからできることがあるという
のが今回のテーマ。いまだ与党気分の抜けない自民党にはできない
ことで、同時に、いますぐ取り組むべきコトがやはり「除洗」です。

 自らではなく、もちろん放射能です。

 我が町、足立区の学校でもちょっと強い放射能が見つかり
またもマイナスな知名度が上がったのですが、我が町足立区では
一定の制限はありますが公立の小中学校を各家庭で選択できます。
そこで来年度以降、この学校の希望者がいなくなり、これも風評
被害と東電に請求したらどうなるでしょうかとは余談。話を戻し
ます。

 年内に冷温停止が見えてきたと報じられる原発&放射能。
 そして「死の町」と呼ばれたあたりの住民は「移住」のレベルと
いうことは残念ながら確定的でしょう。

 ここでいま行わなければならないことは「社会実験」です。

 被災者、避難を強いられている方には辛い現実ですが、悲しむ
だけでは未来の扉は開かれません。その扉を開くことに痛みが
伴ってもこじ開けるのが政府の仕事です。

 東電が・・・と、民主党の連中(おっと本音が)はいいますが
原発が国策事業であり、事故前はその依存度を高めようとしていた
民主党がいまなすべきことは東電に責任をなすりつけるのではなく
「社会実験」です。

 それはなにか。

「放射能被害を克服する社会実験」

 です。
 まさしく「言えないこと」で語弊を多分に含んでおります。
 と、以下を書くのに5分の逡巡、そしてこのネタは4週間先お
くったことを告白しますが、放射能の被害を被っている地域とは

「広範囲な放射能被害という実験場がある」

 ともいえます。マッドサイエンティスト的な視点で、お叱りも
覚悟しておりますが、あたりまえの日常では当然、厳重に管理さ
れている放射能がばらまかれました。

 これを除去、除洗するノウハウを蓄積するチャンスと発想を
切り替えることこそ、いま、政府がなすべきことなのです。

 具体的にはこう。

 放射能の汚染レベルをABCの三段階に分け、それぞれに除去
除洗作業に従事する業者を公募します。三段階は便宜上で、5段
階でも松竹梅でも結構。区分するのは、高レベルの汚染除去と
低レベルでは必要なノウハウや機材、事業規模が異なることを
想定して、高レベルに対応できる大企業や研究機関と、町の工務
店や清掃業者でも対応できそうな低レベルとで住み分けをさせる
ことで、地域振興と景気刺激策につなげる狙いがあります。

 次に要件を満たした業者で競争させます。

 可能であれば隣接エリアを与え、1週間単位での進捗状況を
すべて一般公開して、より早く、より清潔に、より安く行う業者に
インセンティブとして、より広範囲な作業エリアを与えます。

 そしてすべてのノウハウは国が指定した第三者機関で一元管理
します。

 外国に門戸を開くのも良いでしょう。事故直後話題となった
フランス・アレバ社の機械は、故障続きで稼働率の低さに、いまは
停止しています。直後の緊急時はともかく、長期戦に移ったいま
は過去の検証と同時に、未来にかかる費用を適切にしなければ
なりません。結果的に外資がはいったとしても、参入条件に
ノウハウの公開を掲げれば、問題はありません。

 また、一部の報道では放射能を無害化する理論が国内の大学で
発表されました(メモを取り忘れて、出自を失念)。こうした
研究、そしてフィールドワークを「贔屓」するのも政府にできる
重要な仕事のひとつです。

 低レベルの除洗に関しては、政府の無策で野放しになった結果、

「100万円の除洗費用を請求された」

 という声が上がってきており、それでも除洗をしていれば救わ
れますが、これから社会問題となるのは「除洗詐欺」でしょう。

 方法は簡単。ラジオ周波数を検知しデジタル表示させる機械に

「放射線測定器」

 とラベルを貼り、住民を脅しておいて、適当な清掃をしたあと

「故障した測定器」

 で調べれば詐欺の完成です。ただし、この詐欺は立件が難しく
早めに手を打たなければなりません。詐欺は被害者からの金品の
搾取が要件となりますが、適当でも清掃をしていた場合、対価を
受けとっています。放射線測定器に関しては「誤作動」を主張す
れば犯罪と追究するのは難しくなります。仮に起訴された暁には
こう主張します。

「国策操作だ。放射能の実態を知られたくない政府と検察の暴走」

 と、小沢一派にアンチ原発教の主張を絡めれば、一定の支持者
は集まることでしょう。

 放射能に加えて詐欺・・・と、野放図にすれば被害が拡大する
ことは自明で、それを防ぐという狙いも込めての「社会実験」を
いまこそ行うべきなのです。

 ましてこれから東北には雪が降り、春になれば雪が解けます。
 積雪時の放射能、雪解け時の放射能。この除洗の実証実験が
できるのは今しかありません。

 実験などとなにを無責任なと思うでしょうか。
 しかし、わたしが汚染地域で農業や牧畜を営んでいたとしたら
こう考えます。

「なんでも良いから早くやってくれ」

 ABCと区分するのもそれぞれを競わせる狙いがあります。

 と、いうのも研究機関や大企業は確実性を求める体質があり
動きが鈍重・・慎重となりますが、町の工務店などはちんたら
仕事をするのを嫌い、次々と現場を終わらせていくのは身につい
た習性で、汚染度の違いはあっても刺激となるからです。進捗
状況を一般公開する狙いもこれです。

 あるいは重大な汚染地域は除洗が進まなかったとしても、
軽度な地域は一早く復興に注力できます。

 想定外の重大なトラブルが起きた時は、まず目の前のことを
片付けるのが鉄則です。「優先順位」とは机上の空論です。
なぜなら、優先順位とは自体の軽重がみえて初めて分かるもの
で、これは時々刻々と変化していきます。

 いまは除洗です。広範囲の除洗は不可能という意見もあります。
 だから「社会実験」なのです。

「無理」

 という結論も実験により証明されるということです。

 そして、この社会実験の「結論」も重要です。なぜなら、
民主党政府はいまだ「原発輸出」をあきらめていないからです。

 ならば、「事故後」もパッケージとして保障するのが責任ある
人間の行動ではないでしょうか。売りました、あとは知らん。
いまのままでこう言っているのと同じです。

 また、日本全国にある原発に「もしも」が起きた時の対応策
もできます。

 これができるのは社会実験が大好きな民主党政権だけです。

 仮に自民党政権で「社会実験」などと命名しようものなら、

「国民の生活で実験とはなにごとか」

 と野党の民主党に国会審議を止められたことでしょうから。

 放射能被害にあわれている地域の住民、関係者には不愉快に思わ
れる表現が多々あったことと思います。それでも最後までお読みい
ただいたことに感謝します。

 映画評論家の本ではありません。コホン。「障碍者」の著者が
映画出演をきっかけに変わっていく人生を綴った実話です。

 だからといってお涙頂戴の善人話ではありません。
 ひたむきに生きたから神様が祝福してくれた・・・というもの
でもありません。

 なぜなら、「普通の女の子のものがたり」だからです。
 作中で30才を迎える女性を「女の子」と表現することへの
違和感は脇に置いて、「短肢症」と病名をつけられた女性の苦悩と
葛藤が綴られており、親や兄姉への恨みを隠そうともしないひとり
の人間がそこにいます。

 是非、手にとって欲しい一冊なので、さわりにとどめますが、
手足が人より短く、背も低いという特徴を持った女の子は短肢症と
され、親族より冷遇されます。本書にある通りに記載しますが
「片端(かたわ)」は一族の恥という親族・・・あるいは時代
だったのかも知れません。しかし、私は本質において、いまも
それほど変わっていない気がしますが。

 その女の子はひとりで生きていくことが困難でした。身体的の
不利だけではなく、社会が受け入れてくれるということの第一は
収入を確保することで、見た目によるのか、能力か、あるいは
本人の性格かはわかりませんが、平たく言えば定職にありつけ
ずにいました。

 ある日、映画出演のオファーが舞い込みます。後に80年代
伝説のカルト映画と呼ばれる「追悼のざわめき」で、レイプ、
ヌード、殺人、近親相姦にあからさまな差別と、21世紀なら
制作する困難で、寺山修司が「映画になったら事件だ」と評し
た映画です。

 女の子「まみこ」は映画出演を決意します。重大なる決意と
いうよりは「なんとなく」。

 ここまで読んで、一旦休み、止めたページを再開するに表紙を
見て、

「映画が私を変えた・・・ってもっと刺激的なタイトルでも」

 とつぶやいてはたと気がつきます。「まみこ」を特別として
みることで、刺激的という視点が生まれていることに。

 身体的特徴をエキセントリックに取り上げたがるのは、私の
物書きとしての本能か、広告屋として身についた技術なのか、
それとも無意識にある差別意識か。

 本書には「障碍者」と呼ばれるだけの普通の女の子がいます。

 可愛く、ずるく、打算的で、それは普通のことに過ぎません。

 そして読了して一日が経ち、偏見を持っていることを自覚した
上で嬉しくなりました。

 可哀想な人ではなかったことに。

 不自由ではあるが不幸ではない。

「障碍者(というレッテルが貼られている人)=不幸」

 というのは浅薄な人間の傲慢に過ぎず、そこには同じく自分の
人生という映画の主役を生きる人々がいることを知り、読後
じわじわと込み上げる「爽快感」に浸れる一冊です。


■映画が私を変えた 『追悼のざわめき』&小人症の妹
http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4901964216

 無料・・・魅惑的なこの言葉。
 しかし、マーケティングの世界では無料はあまり費用対効果が高く
ないというのが定説です。

 無料は有象無象の絶対に客にならない層まで引きこみ、結論から
いえば「ノイズ(商売に邪魔な存在)」が増大し、経営を悪化させる
からです。

 ちなみに試食品や試供品は事実上は無料ですが、お試しであり、
テストであり0円ではありません。

 ところが「ネット」になると、ノイズの排除コストも限りなく
0円に近づくため「無料」が喧伝されるのですが、無料サービスは
死屍累々で、成功例のほうが少ないことはあまり知られていません。


■Web担当者Forum 現場の心得 第236回
あのアクセス解析が終了。無料について考える
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/12/11314

 本当にWeb業界の著名人にはマーケティングのまえに統計学から
学んで欲しいと切に願います。

 典型的なデータ詐欺です。Facebook煽りです。

 これはTwitterにおける「豚組 しゃぶ庵」の成功事例のように
ターゲットを絞り込んだマーケティングにおいては成功する可能性が
あることを示唆しますが、一般社会において通じる手法ではありません。

 ちなみに「豚組 しゃぶ庵」とは「しゃぶしゃぶ屋」で、Twitter
初期に「Web業界の著名人」に絡んだことで、ネットの住民を中心に
有名となり、Twitterの成功事例を探していた著名人が積極的に
成功事例として喧伝し、メディアがあとノリしたというものです。

 しかし、これにはIT企業及び、そこに勤めるネットの住民という
票田がそばにある都心の店舗という成功要因もあり、Twitterだけ
の勝利ではないのですが、当時の「しゃぶ庵」でアンケートを採れば、
間違いなくTwitterを成功理由としてあげることでしょう。

 いま、それと同じ構図がFacebookで起こっています。

 だからFacebookというネットサービスの特性にあった客層を相手の
商売なら役立ちますし、社会の大半を占める特性に馴染まない企業に
とっては役立ちません。


■マイコミジャーナル
「Facebook利用企業は84%」を盲信する「ネットの住民0.2」
http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/133/index.html

 成長戦略もないままの増税に嫌気がさします。

 また、復興増税ならやむなしといっている庶民が、いざ増税が
決まると不満を口にする姿が目に浮かぶことと重なります。

 いやならイヤというべきです。ところが体面を気取りお為ごかし、
決定してから本当は反対だったとは、それはつまり無責任な告白
です。反対したところで覆らないであろうし、それは対案をだす
責任もない楽な立場への逃避です。

 わたしは増税はイヤです。冒頭に述べた通り「成長戦略」のない
増税は希望のないダイエット、あるいは食糧の欠乏による自然減で
貧困や飢餓と呼ばれるものに似ているからです。

 先週述べたように少し痩せました。もうすでにリバウンドの影が
忍び寄るとはいえ、運動により消費カロリーを増やす方法で少し
だけ絞ることができました。

 もうこの10年以上、食事制限によるダイエットはしていません
が、かつて「もてたい」と刹那に願った10代から20代前半は
摂取カロリーを抑えたものです。社会人となりひとり暮らしを始め
てからは1日1食など当たり前。ワカメだけを夕食にしたことも
多く、甘味をほとんど食べなくなったのもこの頃です。

 最初に勤めた会社を辞めて1年後。貧困がやってきました。
 それまでも楽な暮らしではありませんでしたが、定期収入と
年2回の賞与に加え、僅かばかりでしたが亡父の死亡保険金を
切り崩しての生活が、無職になって1年で破綻したのです。

 フリーターなどと気取って見せても、蓄えはなく、次の仕事の
目処も立てずに止めてしまえば、自転車は倒れます。

 自然とダイエットができます。みじめです。

 食べたいものが食べられない。それも天丼の上と並で悩む
レベルではなく、昼食を食べるか否かの決断です。それまでの
ダイエットは

「食べるお金はあるけど我慢」

 でした。ところが、お金がなくなると、そもそも買うという
選択肢がありません。なまじ、食べられる時代・・・というか
バブル経済を知っているだけにこれは「惨め」でした。

 成長戦略なき増税はこうした惨めさを招きます。詳しくは
後に述べるとして、増税により可処分所得だけが減るという
ことは、使えるお金が減ることであり、食べたくても金がない
という自体となり、ダイエットには良くても心がすさむことで
しょう。

 この当時、高校以来の「親友」にスーパーの食品売り場で
偶然再会し、わたしは逃げました。カゴには「半額シール」が
貼られた食料品。普通の時なら気にもしないでしょう。逆に
そのお得さに我が目利きを誇ったかもしれません。しかし、
心を支配していた惨めさが、そんなものしか買えないと自分を
卑下し逃げたのです。すぐに追いかけられ捕まり、軽い挨拶で
お茶を濁しましたが、この親友は15年以上たった今でも言い
ます。

「あんな(情けない)ミヤワキはもう見たくない」

 ・・・追いかけたのはおまえだろう・・・とはいいますまい。

 紆余曲折を経て、独立し、事業が順調に伸び、ときに停滞し
月収が3万円しかないこともありましたが、「食べる」ことは
止めなかったのは心の貧乏にだけは戻りたくなかったからです。

 金がないのに美食をしたのではありません。順調な時に多少の
蓄えを残し、月収3万円でも1年間は遊んで暮らせる資金を貯め
ていたからです。そして価格は安くても美味しいものを食べる
工夫、楽しい時間を持つ努力は惜しまないようにしたのです。

 優雅でも堅実でもなく、私を動かすのは「貧困への恐怖」です。

 話を戻します。「増税」を受け入れる論調があります。
 新聞各紙は社会保障にからめて「消費税」まで議論をすすめて
います。

 このままいくと増税することでしょう。野党、自民党はもと
から増税路線。運良く参院選で菅直人がパクってくれたので、
増税カラーが薄まってくれたところに、民主党政権が旗を振り
増税しようとするのですから願ったり叶ったり。

 自民党にとって消費税は鬼門中の鬼門で、平成元年の消費税
導入が日本新党ブーム、そして非自民政権のきっかけをつくり
税率アップが自民党の瓦解の始まりでした。それを民主党が
やってくれるのですから笑いが止まりません。

「こういうご時世だから国民も理解してくれる」

 とは夢想です。いや、妄想です。この国のすべての民は見たい
未来しかみないのです。すべての民には政治屋も含まれます。

 これは古代ローマ帝国の中興の祖にして塩野七生さんが愛し
てやまない「ユリウス・カエサル(英名 ジュリアス・シーザー)」
の台詞を引用しました。

 指導者たるものは「見たくない未来」も同時に見なければな
らないとセットになった言葉で、もともと現実を直視する能力に
欠けた民主党からすれば、妄想に基づいた政策など朝飯前です。

 実際に増税を決定すれば、再度の政権交代もおこるでしょうが
自民党が政権を引き継いだとて増税を止めることはありません。
もともと増税したかったのですから。

 冒頭に述べた通り、わたしが増税に反対するのは成長戦略の
欠乏です。言うなれば目的のないダイエットであり、増税により
経済が今以上に悪化すれば、国民みんなでカロリー不足による
ナチュラルダイエットに突入して、生活習慣病が減ることで
圧縮される医療費と、栄養不足の治療のための医療費の
どちらが国庫を圧迫するか見てみたいものです。

 増税と成長戦略はクルマの両輪で、増税だけでは「夢」があ
りません。

 独立後、月収3万円でも「惨め」にならずにすんだのは夢が
あったからです。絶対に成功するぞという妄想ではありません。
営業戦略をからめたホームページ作り、そこから派生する戦略
提起、さらには地元 足立区に特化することによる地域優位性
の得てしまえば、優位な競争を展開できるという成長戦略です。

 仕事がなくて暇な時はありません。成長戦略を実現するため
にあがきもがき、動き続けました。気がつけば、それなりに
食べていけるぐらいは稼げるようになりました。しかし、夢が
なければ、生活に押しつぶされ挫折していたかも知れません。

 復興のため・・・という増税は詭弁です。一時的な支出の
復興費用は、一時的な借金(のはずですが)である国債にして
返済期間を長くとる方法(建設国債など)もありますし、
各種特会が積み立てている準備金を一部取り崩す方法だってあ
ります。

 想像してみてください。台風で屋根が飛んだ時、蓄えがあれ
ば蓄えの中から修繕費を支払うようなもので、あるいはその時
リストラにあって収入が大幅に減っているので、いざというと
きに供えた蓄えを残したいのであれば、借り入れた金の返済は
長期間に分割して、毎月の支出を抑えるものではないでしょうか。

 またちっぽけな零細企業のはなしで恐縮ですが、さきほど
述べたように月収3万円のころ、幾ばくかの貯蓄はありましたが、
実際に取り組んでみると、成長軌道に乗るのに1〜2年と見て
いましたが、なにかの不具合で3年目にはいれば資金がショート
する可能性があったので金融機関からお金を借りました。

 足立区が事業家を支援する制度を利用したのですが、この時の
借入金は制度が許す最長の返済期間にしたのは、「いま」をしの
ぐためです。軌道に乗ったあとも追加融資を受けたのですが、
それは金利がバカみたいに安かったからで、当初分も含めて
1000万円の借り入れは先月全額返済が完了しました。
ちっぽけすぎてすいません。

 野田首相が「未来にツケを回さない」という主張も詭弁に
過ぎないと言うことです。未来は現在から連続した先にあり
現在がこけては未来にたどり着けず、月収3万円当時に金が
ないからと事業転換を止めていれば、今の私はいません。

 ブラックキューピー孫正義さんを例に挙げるまでもなく、
経営において、借金も実力のうちです。国家が借金漬けになって
も借金できる信用があるという証明です。

 ただし、成長戦略がなければ金は借りられません。
 私は夢をまとめた「事業計画書」をなんども出しました。

 そこが「両輪」なのです。

 方法論からいえば「増税」と「借金」は別のものです。

 税金は企業活動における売上のようなもので、商品の対価
として受けとるのが売上で、国民生活のサービス対価として
受けとるのが税金です。

 一方、借金は売上とは入口は別のものですが、毎日、毎月の
売上から貸し手に返すもので、金融機関からの借り入れなら
金融機関に、国債なら国民へと渡ります。

 つまり、どちらにとっても「売上」は重要となり、それを
叩き出すための「成長戦略」が不可欠ということです。

 「増税」とはいわば売価の値上げです。
 さて、なにも変わらぬ商品が理由もなく、値上げして客は
文句をいわずに買い続けるでしょうか。

 復興のためだから・・・で、復興している最中も日本経済は
歴史的円高に喘いでいます。復興がなされるまで放置しろと
いうのでしょうか。また、復興とは復旧からより踏み出した状
態で被災地の経済をどう成長へとつなげることも「復興」に
欠かせないことですが、その「成長戦略」がないまま

「増税」

 だけが独り歩きしているのです。

 だからわたしは反対します。ましてや国会も霞ヶ関も役人も
我が身を切らない増税なんて。

 そこから「社会保障費用のための消費税率アップ」も反対です。

 今朝の新聞を賑わせた「年金支給開始年齢引き上げ」というの
のは1000000%「ネタふり」です。しかも最悪の。いやなら
消費税を上げさせろと言うね。

 最悪である理由はこれにより「年金不信」がさらに深まるから。

 それは私が子供頃に経験したこと。

「あんたたちが受けとる頃には80才にならないと年金は貰えないよ」

 と、支給年齢引き上げの議論が活発になった昭和、大人達から
刷り込まれた経験は、われわれの世代の共通体験で、年金不信の
原体験です。

 ゴールが見えたら、ゴールが先に逃げる・・・なら、最初から
レースに参加しない方がよい。とね。

 いよいよ今日、鳩ヶ谷市がなくなります。
 特別な思い入れはないのですが、かつて取引が何社かアリ
我が町、足立区と隣接していることもあり、少しだけ気になり
鳩ヶ谷市役所へ。

 他県民の分際で僭越に述べれば、立派な庁舎。編入を受け入れる
・・・異論があるでしょうが、わたしにはそう見えます・・・側の
川口市と一般会計でだいたい10分の1しかないのに立派な庁舎です。

 また、この川口市の庁舎が・・・よくいえば歴史を感じさせる
たたずまいで、役所が金を使うことを嫌う知人の川口市民までもが
建て直せというぐらいの趣です。それに比べれば立派すぎる程の
建物。

 すでに看板は「川口市役所鳩ヶ谷庁舎」と掛け替えられていました。

 そして1階には荷物が溢れ、引越業者が右往左往と忙しく、さすがに
職員も多くが出社している(登庁ですか)と感心すると、脇にいた妻が
言い放ちます。

「休日手当でるんでしょ。代休も」

 なるほど。玄関口でタバコを吸ってサボっている職員に頷きます。

 なんでもこの庁舎の7階には食堂があり、鳩ヶ谷市を一望できる
そうですが、誰が見たいだろうなどと足立区民に述べる資格は
ないでしょう。我が町足立区にも同じく、展望レストランがあるの
ですから。

 しかし、その料金に驚きます。
 ランチ450円。カレーライス300円。

 ・・・区民サービスでしょうか? 民業圧迫でしょうか?
 それとも税金の無駄遣いでしょうか。もはやなくなる鳩ヶ谷市を
責めはしません。

 これまた妻が発見。

「駐車場、へんじゃない?」

 そう、前駐車場の半分弱、大雑把にみて4:6で4が「公用車」で
6が「一般」です。

 彩の国スタジアム線(埼玉高速鉄道)が開通するまでは確かに
陸の孤島(足立区も同じく)と呼ばれていましたが、開通後は
駅至便となりましたし、以前から市民はバスを活用しており
ました。

 仮に「公用車」の一部が、職員用駐車場だとしても、職員のための
職場なのか、市民のための役所かの意識がここから読み取れる気がして
なりません。

 そして、鳩ヶ谷市の幕が下りていきます。

 大人気だったブラック・テキスト芸の第2弾。

 これは自己啓発系ビジネス書で多用されており、私が神田昌典氏や
その亜流に洗脳されなかった最大の理由です。

 限りなく詐欺師の手法に近いのです。それを薄めると広告屋の作文。

 また洗脳商法はこれをさらに強化し、手段心理などを複合的に
悪用します。

 ・・・ただし、効果的があります。ご使用の際はご注意ください。

■Web担当者Forum 現場の心得第235回
読者に“気づき”を与えるブラック・テキスト芸
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/10/05/11238

宮脇睦

顔写真
コラムニスト・漫画原作者
宮脇 睦(みやわき あつし)
有限会社 アズモード
代表取締役

経 歴
ソフトメーカー、広告代理店などを経てホームページ制作会社(有)アズモードを設立。同時に執筆活動を開始。辛口なコラムに定評があり根強いファンをもつ。ホームページ制作業においては、行列ができる焼き肉屋として有名な「 スタミナ苑」のホームページをプロデュースし、営業戦略を導入したホームページにより驚異の「V字回復」を達成するなど、その手腕への評価が高い。またその方法論を記した著書「楽天市場がなくなる日」は完売し、ネット書店のアマゾンではプレミア価格で取引されている。

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